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2012年4月12日京都の旅(その3) [京都の旅]

こんにちは。夕暮れになると思う人がいます。

「今日の仕事はどうだったのかなぁ?」「元気かなぁ?」「晩御飯しっかり食べているかなぁ?」
「桜はどう?」「バラは?」・・・と一人で呟いています。小さな人だから、体力的に無理しないでください。

さて、京都の旅、哲学の道を逆走しています。疏水添いには、それぞれ趣のある「お寺」「神社」があります。
小さなギャラリーで見つける「自分へのご褒美」も楽しみです。

「熊野若王子神社」のあと、ここ「大豊神社」にきました。神社への路の両脇には、花・木がたくさん植えられていて、楽しい!ここは「こまいぬ」ならぬ「こまネズミ」が迎えてくれます。
豊受神社.jpg

そして、ここは「椿の名所」です。その一つが「五色散り椿」です。一つの木から、色々な椿が花を競っているように咲いていました。
五色散り椿2.jpg

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京都の旅(2012年4月12日)その2 [京都の旅]

4月12日の京都の旅の続きです。

広沢池の近くにある、「植藤造園」の桜を見た後は、「市バス59番」で京都駅まで戻ろう・・ということで「59番」に乗ったのです。このバス、広沢の池のでUターンします。春の広沢の池もよかった。スケッチの場所でもあります。

時計を見ると、すでに「お昼ごはん」の時間、さて、どこにしようか?といっても「クーポン」があるので、選択肢は2つしかありません。一つは「ウエスチン都ホテル」と「駅の中のグラッツア京都」、どちらも昼食バイキングです。
59番は京都駅を右回りのコースです。広沢の池を過ぎると、仁和寺→竜安寺→立命館大学→金閣寺→と名所巡りのバスということで、それぞれのバス停から大勢の人で一杯、それに渋滞もあって、どうやら「京都駅」までは時間がかかりそうです。

とうことで、途中下車、「今出川」で下車して、地下鉄で「烏丸御池」で東西線に乗り換えて「蹴上」=「ウエスチン都ホテル」としました。結局、いつものパターンでした。

2階の「アクアブルー」がバイキング会場、こちらも満席・・しばらく待って、頂きました。バイキングはどうしても「欲張り屋さん」の虫が騒ぎます。「そんなに食べきれるの?」というくらい、食べました。これは1回目。
ウエスチンの昼食.jpg

お腹が一杯ということは、なによりの幸福です。さてと歩きましょう。インクラインのすぐ脇のホテルですから、桜と大勢の人の流れに入っていきます。インクラインから目指すは、「南禅寺」。こちらも大勢の人。奥にある、「水路閣をめざします。
水路閣2.jpg

次は、いよいよ哲学の道散歩です。銀閣寺の方に向かってあるきます。まずは「永観堂」に寄ります。
永観堂.jpg

哲学の道は大混雑、人をよけて通るのが大変
桜が3種
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次が「熊野若王子神社」
熊野若王子神社.jpg

樹齢400年のなぎの木です。
なぎの木.jpg

明日は「大豊神社」です。





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ジャガイモの芽が出てきました。 [畑]

おはようございます。

先週は土曜日が大雨、日曜日が晴れ!ということで久しぶりに「畑」にいってきました。
ジャガイモの芽が出てきました。植えてから一月、腐っていたのではないか?と思いましたが、無事に「芽」が出てきました。これから日増しに成長していきます。

今年は、植え付け場所が2倍になりました。品種も「北あかり」「インカのひとみ」「シェリー」・・と6種類です。
ジャガイモ芽2012.4.jpg




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京都の旅(2012年4月12日) [京都の旅]

昨日、京都へいってきました。市内をバスで移動していると、運転手さんが、「祇園での事故で・・」とアナウンスがありました。「事故?」とスマホから検索すると「祇園で事故4名・・」とありました。詳しいことを昨夜のニュースで知りました。

事故の時間、昼食にしょうと、地下鉄で移動中でした。大変なことになりましたね。昨日は平日といえど、大勢の観光客でどこも一杯でした。事故にあわれたかたの御冥福をお祈りいたします。

さて、管理人の今回の「足取り」・・・京都駅から「市バス26番」で西にある、「植藤さんの桜」を見て、「市バス59番」で今出川に戻り、烏丸御池から東西線で「蹴上」、ウエスチンホテルで「昼食」、昼食後、歩く・歩くです。

南禅寺から哲学の道を逆走・・銀閣寺へ。銀閣寺道から「市バス203番」でまた「今出川」に、「四条」に出て、「錦市場」で買い物。また「COCON 烏丸」にる、「お香のお店Lisn」で新作を含め「6箱」(10センチが6本で300円から」を購入。

京都駅に戻って、一旦荷物をあずけ、南口にある「銭湯」へ。今回の旅で見つけた!京都駅に最も近い「銭湯」
「大正湯」さんを発見!いきなり「りっぱな彫り物」をお持ちの方にあいましたが、お風呂は「桜湯」もあって、最高でした。
「旅の汗」を流すのに「410円」は安くていいです。このほか駅の周囲はあと5か所はあるようなので、「銭湯めぐり・京の旅」を次回は実現したいです。冒頭に書いたように、どこも「人」「人」「人」の波でした。

植藤のしだれ桜
植藤のしだれ桜.jpg
山桜
植藤の山桜.jpg
雨宿・・さださんの歌にも同じ名前の曲があります。花が下を向いて傘の様です。
あまやどり.jpg
蹴上に戻り、インクラインの桜です。
インクライン2.jpg
インクライン1.jpg

南禅寺まで歩いて、「水路閣」でスケッチのまねごと。
水路閣3.jpg

次回は「哲学の道」にある、神社を訪ねます。椿が見ごろでした。



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まさしんぐワールド 2012さいたまスーパアリーナ [さだ まさし]

昨日は、さださんのコンサートに行ってきました。「まさしんぐワールド 2012さいたまスーパアリーナ」。
16時という変な時間の開会でしたが、終わったのが21時30分・・さださん、関係者のみなさん、お疲れ様でした。5時間を超えるコンサートなんて、経験がありませんでしたが、とても楽しい思い出に残るコンサートでした。

会場の入り口
ありーないりぐち.JPG

アリーナの中、60歳をお祝いして「赤い服」を着た方が多かったです。
ありーな.JPG


すごいゲストでしたね。「こうせつさん」をトップに「谷村さん」「森山おやこ」「平原おやこ」「ゆず」に渦中の「さっちゃん」。みなさん、さだんとデュエット。

特に最初の「飛梅」はひさえちゃんの好きな曲でもあり、詩は別れの歌。もうここから「涙」です。岩崎宏美さんの「命の理由」は、手話を交えての熱唱に「涙」と「はなみず」の歌でした。さらに「miwaさん」の唄う「つゆのあとさき」は、7月の命日の時とぴったり重なります。


豪華なゲストの最後は「若大将」、うたうのは「案山子」でした。生きていたら「隣にいる」と思うと、悔しくてなりません。いないという「現実は残酷」です。

でも、生きていても、こうしてこれたかは、これも難しい!そうも思います。隣のお兄さんは、熱烈なさださんファンでした。彼の一生懸命な応援も、励みになりました。

帰宅すると、お寺から「3回忌」の案内が届いていました。

コンサートの詳しい情報はフジテレビのHPにありました。
http://www.fujitv.co.jp/otogumi/sada/index.html

次回は7月の「40周年コンサート」です。今度は泣かないぞ!!!!!!!
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2012年のさくら(1) [さくら]

今日の東京は半そででもいい!いいお天気になりました。夜桜見物に最高です。

さて、土曜・日曜の管理人、土曜日は義理父の病院の付き添い・・「老老介護」です。日曜日は、北千住へ「ひさえちゃんのお墓まいり」→上野公園の桜→畑と動いていました。

上野公園はすごい人出!さくらより人が圧倒的に多い!ゆっくり立ち止まって!なんて無理な状況でした。金曜日は会社の近くの日比谷公園をのぞいてみました。こちらは本数も少ないので人もやはり少なめでした。
おおしまさくら.jpg

日比谷公園のさくら.jpg
上野公園すごいひとで.jpg

山桜
やまさくら.jpg

この着物姿の人は?皆さんの視線の先にありました。
さくらの下2.jpg

さくらの下1.jpg





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ひさえちゃんのマンドリン [ひさえちゃん]

春の嵐が過ぎ去って、いよいよ今週末は関東・千葉は桜の満開を迎えます。年に1度しか咲かない花に人々は色々な思いを込めて見上げています。

「願わくば 花の下にて春死なむ そのきさらぎの 望月のころ」 西行法師の歌です。「散る桜 残る桜も 散る桜」こちらはりょうかんさん? 

ひさえちゃんが亡くなって2回目の桜です。桜の木の下で今年は何をおもうかなぁ。30年前の5月の北海道旅行の時の桜、2人で見た北の桜は、2月の沖縄から始まった「桜前線」の終点を意味していました。

さて、先月、彼女の趣味の一つであった「マンドリン」が今年のはじめ、新たな「演奏者」の方に渡っていきました。仲介をして下さった人は、会社の同僚の奥さま、ひさえちゃんのよき理解者、お姉さんの存在でした。

合唱団の一員でもある、このかたのお力で、1月に譲り受けて下さる方が決まりました。私が大事に持っていても、楽器はやはり大事にしてくれて、日々弾いてこそ「楽器」です。

イタリア製の「カラーチェ・マンドリン」はこうして、新しい人のもとにいきました。先月、鎌ヶ谷市の市制40年の記念行事の取り組みの一つとして、譲り受けた人のグループの演奏会の案内が届き、かっての町までいってきました。頂いたパンフレットを見て、びっくり!新しいマンドリンの持ち主の名前は、亡くなった「ひさえちゃん」の母と同じ名前でした。同じ漢字です。!!!こんなこともあるんですね。

同僚の奥さまの司会で始まった演奏会!生きていたらあの舞台にいたかもしれないと思うと涙がとまりません。奥さまも、そこにひさえちゃんがいるように思えてならない!このグループと合唱する時が楽しみといっていました。

新しい持ち主のもとで、マンドリンとひさえちゃんも喜んでいるかなぁ・・
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爆弾低気圧の通過 [出来事]

昨日の「爆弾低気圧」、こちら関東・千葉でも強風と雨がすごかったですね。31日の土曜日も25Mの強風でしたが、昨日はそれを上回る強風でした。

会社は15時に帰宅命令が出て、管理人ただちに最寄りの地下鉄の駅にいきましたが、すでに帰宅ラッシュはピーク・・数本見過ごして、乗換駅に。ここでもラッシュ・・地上部を走る電車は、のきなみ「運行停止」でした。地下鉄を乗り継いで、自宅のある駅に着いたのは、6時近くでした。この時は、雨も風も一旦緩やかになっていましたが、帰宅してから、22時ごろまでは、ベランダの窓が壊れるのではないかと思うくらいすごい風でした。

一昨年の入居以来、こうした強風の時、風呂場にある換気扇が逆風により、ものすごい「金属音」をたてます。
どうしてか?昨日やっと分りました。金属音をよく聞いていると、ベランダの風と連動しています。ということは、この逆風は、ベランダから来ている・・そう思ってベランダから建物を見てみるとありました。

ここだ!ここをふさげばいいんだ!強風の中、なんどか失敗しながら、換気口をふさいで大成功!!!

強風でしたが、風の音で悩まされるのがなくなりました。もっと早くきがつけばよかった。頭の中では、この換気扇は、通路側に換気口があるもんだと!思いこんでいたからです。

今朝も各地の被害の様子がTVでありました。特に「金沢」と「秋田」は強風で大変なことになっています。このどちらにも友人がいますので、心配です。飛ばされてないかな・・

荒れた天気でしたが、桜がすこしづつ咲き始めました。駅までの道にある桜、会社の近くにある「日比谷公園」の桜・・後ほど公園に行きたいです。天気もいいし、桜の下で「昼食」もいいです。

春を告げる花の一つに「あせび(馬酔木)」があります。団地の緑地帯に咲いていました。それと「ミモザ」の黄色な花が満開です。
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菜の花、すいせん、れんぎょう、そしてこの「みもざ」・・春の黄色です。
みもざ.JPG
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鹿児島・霧島・肥薩線の旅(その2) [旅]

今日の関東・千葉・東京は強風、遅い「春一番」です。天気は下り坂、明日は「雨の予報」です。金沢の友人から頂いた、加賀野菜の「苗」の準備にかかりたいのですが、雨・・ではどうやることか。

さて、3月25日、日曜日は指宿温泉→知覧→鹿児島市内(天文館)→磯庭園→霧島温泉というコースでした。武家屋敷のひなまつりまでは書きましたので、今日はその続きです。

まずは、市内の天文館通りで「さつまラーメン」を食べて、磯庭園に向かいました。ここから見る「桜島」です。雄大です。
磯庭園からみる桜島.jpg

磯庭園を後に一路、霧島温泉に!途中、熊本と鹿児島を結ぶ「JR肥薩線」にある「嘉例川駅」に寄りました。先日のNHK-TVの「鶴瓶の家族に乾杯」で紹介のあった駅です。明治の開通時からそのままの駅舎です。
嘉例川駅1.jpg嘉例川駅2.jpg

JR肥薩線はかっては大動脈でした。日露戦争を目前した、軍部は「海」では攻撃されやすい等の理由から、熊本から八代をとおり、球磨川添いに来た線路は「加久藤越え」と呼ばれる難所を越えなければいけませんでした。そこでこの山を越えるのに「スイッチバック」「ループ線」といった技術を用いて完成させたのです。
海線が出来てからはローカル線になりましたが、ここから見る「車窓」は日本一雄大です。

かっては「SL」の撮影地として有名でした。「川線」と呼ばれる「球磨川添い」、「山線」と呼ばれる「矢畑超え」、どちらにもふさわしい「SL」がいてそれは楽しい路線でした。吉松駅にC5552号が保存されていました。
1m75cmある動輪は「スポーク形」といって美しいデザインです。

C55側面.jpg
C55動輪.jpg

またここは、それぞれの県の境界が近いのも特徴です。3駅で3県を通過するのです。まず「矢岳」(熊本県人吉市)→「真幸(まさき)」(宮崎県えびの市)→「吉松」(鹿児島県湧水町)と3県、こんな路線はありませんね。

かっては矢岳越えにD51が前後で活躍していた路線も、ディ―ゼル車が活躍しています。この路線に縁のある「後藤新平」と「いさぶろう」こと『山縣伊三郎」から頂いた「いさぶろう・しんぺい号」が往復して、沿線案内をしています。

いさぶろ・新平号.jpg
いさぶろう車内.jpg
吉松を出ると勾配がきつくなってきます。途中にある「山神第二トンネル」では、終戦直後の1945年8月22日、復員軍人さんを大量に乗せた「人吉行き」の列車が立ち往生・・そして「逆行」して55名の犠牲者をだすという痛ましい事故がありました。

今は「慰霊碑」がたっています。列車は「真幸」に到着、ここから、スイッチバックで山に挑みます。もと来た道を引き返して、ポイントが切り替わり山に向かいます。途中で雄大な「車窓」が広がります。
まさきえき.jpg
雄大な眺め
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やがて頂上の駅「矢岳」です。ここにもあのころ活躍したSLが保存されています。
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峠はやっと水仙が開いていました。列車はここから一気に下っていきます。途中でこちらも雄大な「大ループ線」を越えると、こちらも「スイッチバック」の駅である「大畑駅」です。
大畑のスイッチバック.jpg大畑の2.jpg

山線の後は、人吉から特急で熊本へ、人吉を出るとずっと右手に球磨川が見えてきます。
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で途中から今度は左手に見えます。
球磨川の流れ2.jpg

40年ぶりに訪ねた「肥薩線」の旅でした。この後、管理人は新幹線で博多に、そこからレンタカーで故郷に向かいました。かっては「山が3つ」あった「香春岳」です。手前の一の岳はすっかり平らになってしましました。
香春岳.jpg
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鹿児島・霧島・肥薩線の旅(その1) [旅]

おはようございます。絵瑠さん、コメントありがとうございました。管理人、23日~26日まで表題にある、南九州へ8人の仲間と旅してきました。今日からその報告です。

昭和43年6月1日、東京の鉄道会社の車両部に車両保守要員として、全国の工業高校出身の若者68名が集まりました。翌年に全線開業を控え、270両の新たな車両と共に準備をするための要員でした。私もその一人。

少し前の5月29日に懐かしい「寝台特急」で九州・小倉を後に東京に向かっていました。68人中、九州各地から集まった人は10人いました。4人一部屋の独身寮生活がスタート、3か月の研修期間が過ぎて、31人の仲間が東京・深川にある車両基地に配属されました。

独身寮から歩いて5分、下町、三浦哲郎の小説「忍川」の舞台となった「洲崎パラダイス」の面影が残り、運河があちこちめぐらしていました。

あれから43年、31人いた仲間も、高度経済成長の影響のあって、半分になりました。その中でも、九州出身者は2名が退職、あとの仲間と私は42年勤続・・今はそれぞれの道を歩んでいます。

残った仲間は一年に数回集まり、旅行費用を積み立てて、時のアジア、時に北国と旅行会を続けていました。
一つ上の先輩と3つ下の後輩と10人がこうして時々親交を深めていました。

私は、ひさえちゃんの病気もあり、10年ぶりの参加となりました。10年前の札幌雪まつりが最後でした。あれから10年。一人で旅に出ること、思いは複雑です。

さて、前おきはこのくらい。一人が羽田空港で厳しい「ボディーチェック」を受けたことから「笑い」が始まり・・飛行機は雨雲で時々激しく揺れながら、鹿児島空港へ。ここから3人の鹿児島実家めぐりを兼ねた「旅」の始まりです。

最初の目的地は「串木野市」、今は「いちき串木野市」となりましたが、遠洋漁業でにぎわった町です。91歳になる友人の実家、お母さんがお茶で迎えてくれました。串木野市の名物は「つけあげ」、「さつまあげ」です。魚のすり身がたくさん使われた「さつま揚げ」は、おいしい!

お母さんと昼食を囲み、次の目的地は、加世田市、今は南さつま市へ向かいます。かっての「南薩線」の跡を確かめるように、雨の中向かいました。桜は少し咲いていました。実家に寄り、次の目的地「池田湖」へ。

あいにくの天気でした。観光客のまばらな池田湖です。「大うなぎ」がある水槽屋さんもいませんでした。
池田湖.jpg

この日は、指宿温泉に宿泊、30歳を目前に退職した仲間と30年ぶりの再会の宴を開きました。ここ指宿で「グラジオラス栽培農家」としてがんばっている友がたくましく見えました。

翌24日は、最南端、「長崎鼻」から知覧→鹿児島・城山・磯庭園→霧島温泉の旅が始まりました。開聞岳が一望の「長崎鼻」です。風が強く、波が大きく打ち寄せていました。
長崎鼻.jpg

次は、「知覧」です。戦争中、陸軍の「特攻基地」があった町です。「特攻資料館」を見学、多くの人の犠牲の上にある、今の幸福。たくさんの遺書・・ひさえちゃんの遺書とだぶります。町中には、基地に関する建物も数多くあります。その一つが「富や食堂・旅館」、出撃する兵とその家族の最後の分かれの場所、多くの兵を見送った「トメさん」の話の場所でもあります。
富や食堂.jpg

咲き始めた知覧のさくらです。知覧の桜.jpg

知覧は「お茶」で有名です。町を出ると広大な茶畑が広がっていました。もう一つは「武家屋敷」です。薩摩藩は城下にこうした、前線基地を設けて防備にあたりました。
知覧武家屋敷.jpg

丁度、お雛様の季節、それぞれのお屋敷でおひなさまが飾っていました。
武家屋敷のひな祭り.jpg

知覧を後に、鹿児島市内に・・鹿児島といえば「桜島」です。市内を一望できる「城山公園」にのぼり、雄大な「桜島」を見てきました。
城山見る桜島.jpg

明日は、霧島を後に「肥薩線」の旅です。







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